思い出

食べ物であることをやめてしまった食パン。


エアコン工事って言うのは、ほとんど外の仕事なわけです。
つまり、季節がもろに牙を剥いて襲い掛かってくる結構過酷な環境なのです。

そんな善ちゃんの仕事にもやさしい季節がやってきました。
それは春秋の秋のほうです。

春は引越しの繁忙期で、それに伴い家電の移設業務がオーバーワーク状態なので、そんな事を優雅に感じている余裕は一切ありません。

心地よい秋の小さな事件

秋の心地よい日に起きた、ほんの小さなしょーもない事件ですが、善ちゃんにとっては忘れられない一日になったようです。
その様子を、ちょっと覗いてみましょう。

エアコンの取り付けは最後

引越しもほぼ終わりを向かえ、いよいよ善ちゃんの出番です。
今回の善ちゃんの作業は、エアコンの取り付けです。
エアコンの取り付けは引越しの最後になることが多いもの。
最後あたりになると、お客さんも落ち着いていて、ありがたいことに飲み物やお菓子をくれたりすることがあります。
だいたい、飲み物だけっていうことが多いのですが、その日はどうも食パンを頂けるはず?のようでした。

善ちゃんは、ちょうど小腹も空いていたので、とてもうれしい気分でした。
飲み物を出すと同時に、お客さんはオーブントースターにパンを入れて焼き始めてくれました。

彼は、紅茶を全て飲んでしまった。
それくらい、待ったわけ。

なのに一向に食パンが焼けない

「どうしよっかなぁー」

そう考えていた。

いくらなんでも遅くはないか?
そう思い、思い切って言いました。

善:「パンがなかなか焼けないみたいですが・・・」

お客さん:「はい? あー、 ちょっと待ってね。」

しばらくすると彼の元に、お客さんがやってきました。

お客さん:「どうも、ヒューズが飛んでいたみたいですねぇ。でも、もう大丈夫ですよ!」

えっ? オーブントースターってヒューズが飛ぶものなの?

善ちゃんは、心で思ったが言わなかった。

オーブントースターは、こんな家電です。

電気工事士たるもの素人相手に、「本当はコンセント抜けていただけでしょ?」などと口にしたりはしない、さすがダンディーな職人。

善の心:「まぁ、いい。」

なぜなら女の嘘は、”そうあって欲しい”という願望なのだから。

そして、その願いを叶えてやるのは男の役目です。

そう、男は騙されてやればいいのです。

ハプニングは人生のアクセサリー

ちょっとしたハプニングは人生のアクセサリーみたいなもの。
お客さんは、気を取り直してオーブントースターのスイッチを入れ直しました。
食パンが焼けるのを待つ時間にさえ、仕事熱心な彼は職人仲間の進捗具合を電話で確認していました。

ふと気づくと、家の中が煙っぽい。

お客さん意外に、他で家の隅で煙草を吹かしている人でもいるのだろうか?

新居が台無しではありませんか。

外で左官工事をしている太った職人が顔をしかめてこっちを見ている

ん?

なに・・・俺?

善ちゃんはオーブントースターに目を向けた。

えー!

オーブントースターから煙がでているではないか!

善ちゃんは慌てて、パンを取り出しに走った。

「なんでこういうときに限って、お客さんいないのよー!」

オーブントースターから取り出した食パンは、真っ黒に焦げてパリパリになって寝そべっていた。

「既に食べ物であることをやめてしまった食パン」

善ちゃんは、お客さんにこのことを報告しに行くと、新しい食パンとポップアップトースターを持ってきてくれたようです。

ポップアップトースターは、こんな家電です。

そうそう、これこれ

善ちゃんは、ポップアップトースターという機械が好きでした。
無駄な機能はなく、「ただ食パンだけを焼く」という一つの目的を達成することに特化した究極の美があると思うからだそうです。
なんでも節操なく焼いてしまうオーブントースターという浮気な機械よりも、彼は食パンを焼くことに一途に純情なポップアップトースターを愛する人間です。

これだったら、「絶対大丈夫だ」となんの根拠の無い確信をもち、善ちゃん自身がコンセントを差し込み加熱スタートさせた。

ポップアップトースターの「ガチャン」の音を待つ間、先ほどの進捗確認をするために電話し始めた。

また煙?

気がつくと再び室内が煙っぽい。

いったいこの家の換気設備はどうなっているのか?

それとも、今度こそ本当にタバコでも吸っている人でもいるのだろうか?

外で左官工事をしている太った職人がまた顔をしかめてこっちを見ている。

ん?

また・・・俺?

善ちゃんは。再びポップアップトースターに目を向けた。

えー!

今度は、ポップアップトースターからモウモウと黒煙が吹き出している!

しかも天井に煙がたまっていて、なんかさっきよりスゴイ!

彼は心の中で叫びながらトースターへと走った。

なぜ煙が吹き出ていますかぁー?!

パン勝手に飛び出るのではないですかぁ?!

善ちゃんは煙を噴出しつづけるポップアップトースターのつまみを手動で引き上げた。

続けて、心の中でつぶやいた。

なんで自動的に上がらないのか!

詰まりやがって、このボンクラポンプアップトースターが!

パンを焼くことにしか能がないポップアップトースターなんて大嫌いだ。

パンに限らずいろんなものを焼けばいいじゃないか。

パンしか焼けない機械なんて場所のムダ使いやねん!


善ちゃんは、軽いパニック状態になっており、さっきまで思っていたことを意図も簡単に自ら否定しだしたではありませんか。
左官職人の冷たい視線を感じながら、善ちゃんは真っ黒に焼け焦げた食パンをポップアップトースターから取り出した。
それにしても家中に煙が立ちこめているのに、なぜお客さんは気がつかなかったのだろう?

そもそもお客さんの姿が見あたらない・・・あれ?
しゃがんで、箱の荷物を整理している。

【お客さんが煙に気づかなかった謎の解説】
なぜ、お客さんはこの異変に気づかなかったのか?
この謎を解き明かす前に、簡単な物理の法則を思い出してほしい。
熱い空気は上空へと昇る性質がある。
トースターから発生した大量の噴煙は、家という閉じられた空間の中で、まず天井付近に集中した。やがて天井付近で噴煙が冷えてくると、今度は徐々に下がって空気を煙らせていったのだ。

つまり、しゃがみ込んで箱を整理していたお客さんは、地上に近い空間にいたが故に、最後まで新鮮な空気を呼吸していたことになる。
だから、さいごまで煙たさに気づかなかったと思われるのだ。
お客さんが異変を察知できなかった真相は、きっとこれです。

それにしても危ないところでした。
あのまま煙が噴出し続けていれば、やがて火災検知器が反応して、天井からスプリンクラーの水がシャアシャアと家中に降り注ぐ大惨事を迎えていたことでしょう。

だが彼は自分の英雄的行為が、惨劇を未然に食い止めたことを自慢しようとは思わない。
ただ目の前にあった危険を見逃すことができなかっただけのこと。

他人(左官職人)の視線なんてどうでもいい。

でも、もう食パンは要らない、次の現場へ行く時間がすぐそこまで来ている。

しかし、お客さんの親切心は底知れない様子で、今度はご飯と牛乳を出してきた。

善:「えっ、これどうやって食べるのかな?」

とりあえず、善ちゃんはご飯一口に頬張ると、それを牛乳で流し込んだ。

くそマズイ。

いやいや異文化を否定してはいけない。

長野の人の朝ゴハンはイナゴだし、アフリカでは蟻を葉に包んで食べるという。
そう思えば、ご飯と牛乳なんて普通の組み合わせだと自分に言い聞かせた。
だが、そこで信じられない光景が、善ちゃんの目に飛び込んできた。

あっハンバーグ!

「おまたせー」

なんと、お客さんがハンバーグを持ってきてくれたではないか。

ハンバーグは結構好き。

でも、すでにご飯がなくなっている。

お客さんもご飯がないのを不思議そうに見ているではないか!

善:「僕は、三角食べがどうも苦手で・・・行儀が悪くてごめんなさい。」

その場を適当な言い訳でごまかし、最後においしいハンバーグを一気に食べました。

善ちゃんからみなさんへ、アドバイスがあるそうです。

ゴハンとミルクの組み合わせには注意した方がいい!

どうもその日は、一日中、泣きたくなるほど下痢だったようです。
食べあわせって、改めて大事だなぁって感じた一日でした。


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